伊勢神宮(外宮・内宮)を参拝してきた。(平成20年5月)
4月の熊野詣と同じで日本人としての追体験であるが、今の日本の体たらくを何とかしたいという思いもあった。
諸般の事情(プロフィール参照)でブログが休止状態となっており、自分にできるのは神頼みくらいだったからである。
三ッ石

入口で配っているパンフレットには説明が載っていないが、パワースポットらしい。
参道には細かい粒の玉砂利が厚く敷き詰められており、歩くとジャリッ、ジャリッとリズムを感じる音がする。突然「ジャッ、ジャッ、ジャッ」という音がしたと思ったら、即座に「こらっ、走らないの。ここは公園じゃないんだから。」という若い親の声がした。今時珍しく人前でピシッと我が子をたしなめる清々しさと、理由まで分かりやすく即座に言ってのけた手際の良さに感心した。それに口答えする子供の声は聞こえて来ない。日本にはまだちゃんとした家庭がある。それも若夫婦だ。何だか嬉しくなり弱々しくなっていた自分の体に力がみなぎった。
神苑

そう言えば、こういうことは誰からも教わらずに育つのが戦後の実態だろう。学校では国歌の歌い方を満足に教えないからオリンピックに出場してもはっきりした声で歌えないのではないかと思う。学校で教えなければ一体どこで習えばいいのだろう。国歌の歌い方を習いに塾にでも行けとでも言うのだろうか。また、仮に道徳の時間があったとしても参拝時の礼儀など教えているわけがない。家に祖父母でもいれば別だが、核家族化により我が国の風俗・習慣や礼儀、つまりは文化の伝承はもはや途絶えていると見なければならない。鳥居をくぐる時「帽子を取りなさい。」と子供に言う親の声も聞こえていたが、遠くでは野球帽を被ったまま一礼することもなく何のためらいもなく鳥居を通り過ぎる初老の男性組もいる。戦後教育世代だ。無造作に通り過ぎる人は他にもいる。ものを食べながら参道を歩いたりすれば、我が子とは限らず居合わせた子供の教育上の問題(大人が見せる悪い例)ともなる。一部の方を除き、殆どの方は自分自身が知らないということを知らず、勿論、知らないから教えようもないというのが実態ではないのか。日本社会が抱える問題として深刻すぎる。どうするかは本人の自由だからとやかく言わないが、知っていてあえてそこまでしなくてもよいと自己判断するのと、知らないでそうしないのとでは雲泥の差がある。「時と場所をわきまえろ」という言葉があるが、場所をわきまえるという感性は、このような体験を通して身につけるのが効果的ではないのだろうか。
そもそも参拝の形式に何の決まりがあろう、心があればこだわる必要はないではないかということもあろうが、自分は、周りでそうしている方がいたのが目に入り、なるほどと思い、鳥居をくぐる時一礼してから通り、帰りにはくぐった後振り返って一礼することにした。鳥居は何本もあるので面倒と言えば面倒だったが一人位意固地な人間がいてもいいだろう。ここへ来るのは多分一生に一度のことだろうから。
バスで内宮に移動すると天候が急変し雨となったので仕方なくビニール傘を購入した。傘をさしながらなので思うように写真が撮れない。雨だというのに参道は人でごった返していた。
元寇の時吹いた神風をお祀りしている風日祈宮

いまだに日本への悪さを止めない穢れた支那・朝鮮を遙か彼方へ吹っ飛ばしてくれるよう真剣に祈った。
地震は大変困るがアジア太平洋プレートに乗っている日本列島は暗黒の支那大陸及びそのカスが溜まって盲腸のような形になった出っ張りから着実に逃れようとしている。
新御敷地

各宮の隣地は更地となっており、式年遷宮(平成25年)の際にはそこに新しい宮が造られる。
遠くから垣間見える御正宮

雨上がりにほんの少し日が差しただけで絶え間なく地面から蒸気が立ち上ってとても荘厳な情景となりそこに居合わせた日本人皆が感動した。我が国の観光地を蹂躙する物見遊山の外人には到底理解できない感性を共有した。
(注)神聖なものはお隠れになっているのであり、それを現代文明の利器を使って暴くかのように軽々に扱うようなことは果たして許されるのかと自分の中でも葛藤がありましたが、自分としては多分一生に一度のことであり、この貴重な体験をいつも忘れずにいたいということと、その一生に一度の機会にも恵まれないままの方もいらっしゃると思われるので、今後の参拝のきっかけにでもなればと思い写真を載せることにしました。最初は、せっかく遠くから参拝しに来のに何で雨になんかと思っていましたが、お陰様で素晴らしいものを見せていただきました。
おかげ横町

帰りに宇治橋から見えた日の丸

天空の中で孤高を保っているかのような日の丸が凛々しい。
移動時間を利用して読んだ本
重苦しさが全くないので疲れず、スラスラ読めてしまうのがいい。
何より内容がいい。守備範囲が広く、これ一冊で隠されてきた我が国の歴史の真実が分かる。
表紙カバーの澄み切った青い空と白地に赤い日の丸がとても綺麗で清々しい。
福田の後が麻生太郎か小沢一郎かは知らないが、いずれにしても参拝しないであろう。
今回の旅の無事終了報告を兼ねて代わりに靖国神社に参拝することとした。(平成20年5月)
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posted by 日出づる国の末裔 at 06:13
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