2009年10月27日

南洋神社

期せずして神社が続いたので、二度あることは三度としてみよう。

グアムやハワイに比べると、パラオを訪れる一般の観光客は少ない。
例えば、日本との定期便だと、グアムで、便によっては加えてサイパンでも、飛行機の乗継ぎを余儀なくされるへんぴなところであることの他に、取り敢えず行きさえすれば選ぶのに悩むほど遊びが一杯あるというわけでもないからである。

「観光」という漠然としたものでなく、何か具体的な目的を持って訪れないと充実した時間を過ごすのが難しいのがパラオだと思う。さしたる目的もなく訪れた者は、藻掻かずにただひたすらのんびりと過ごすのが一番だと思う。昔に比べればリゾート客向けのホテルが増え、かなり観光地化してきたが、いわゆる観光擦れまでには未だ至っておらずその一歩手前だと思う。

観光地化していないということは魅力でもあるから、不便には思うが不満に思うことはない。しかし、それが風前の灯火のような気がして少し落ち着かない感じだ。

実は、パラオには、今は亡き、大日本帝国の南洋庁が置かれていた。
こんな南海の孤島のような所に何故あったのだろう。民主主義の名を借りた戦後の米製洗脳教育を受けた者は、軍国日本が南方を侵略して植民地にした証のひとつではないかとパブロフの犬的判断を下しているだろうが、パラオは日本が侵略したわけではない。

西欧諸国が次々と亜細亜を植民地としていた時代にドイツがスペインから買った植民地がパラオだったのである。その独逸が第一次世界大戦で敗れた後、パリ講和会議で統治を任されたのが日本である。ベルサイユ条約だ。

南洋における文化の中心地というわけでもなく戦略的にもさほど重要とは思えない場所にわざわざ南洋庁を造ったのは、委任統治をきちんと責任を持って行っていますということを対外的に示す必要があったからかもしれない。

パラオの国旗
ちなみに、日本が戦争で負けた後は米国が統治し、現在は独立を果たしている。しかし、社会・生活面では完全にアメリカナイズされてしまっている。通貨は当然米ドルであるし、公用語は米語である。日本からの定期便はコンチネンタルエアーであるが、米国の準州であるグアムで必ず降ろされる。パラオの憲法で核の持ち込みを禁止したことに対する米国の嫌がらせだという話もあるくらいだ。

国旗を見ても分かるとおり日本統治時代を肯定していた親日的な国家なので、日本との往来に障害がなくなれば米国離れが進んで困るということの表れかもしれない。

大日本帝国 南洋庁
Wikiで紹介されている写真とは全然違うが、私のガイドブックに間違いがなければ、この建物が古の南洋庁である。現在は裁判所として使われている。今でもホテル以外は殆ど平屋しかないパラオで、この二階建ては、当時、相当立派な建物に見えたことだろう。(平成20年夏)

海を見ながら明るい陽光を浴びてのんびりしていると、先の大戦でこの地で亡くなられた方々のことが気になって仕方なかった。御遺族がいたとしても、高齢で慰霊に訪れることは簡単ではないはずだ。グアムやサイパンなら観光旅行のついでに孫に託してという機会もあるかもしれないが、ここはそういう意味では恵まれない場所だ。観光はしても慰霊する人がいないというのでは悲しすぎる。

だったら、代わりに自分が慰霊の真似事をしてみようと思った。今の日本のていたらくに憤りを感ずることは沢山あるが、日本人として、まがりなりにもこうして寝ころんで静かにしていられるのは、先人の尊い犠牲があったからである。

南洋庁を造り、学校を造り、当時、原住民より多い日本人が住み、パラオの近代化に全力を注いでいた。地鎮祭を満足に行えないようでは発展も覚束ないというわけではないだろうが、日本の伝統文化・風俗習慣・精神的拠り所のひとつである神社もまた、地域社会を形作る言わば部品のひとつとして当然のように造営されたと想像するに難くない。初詣、七五三、厄除けの祈願、盆踊り、縁日等に困るようでは住環境として内地に比べて甚だしく不利である。

パラオに南洋神社があったことは知っていたが、訪ねたことがなかった。時間の都合がつかなかったこともあるが、所在自体がよく分からなかったというのが大きな理由である。南洋庁があった界隈にあるかと思い付近を歩いてみても、何らかの痕跡すら発見することができなかった。

町にある大きなホテルで配布している地図を見ても載っていない。英語で直接フロントに聞いても分からない。もっとも支那語表記の呼称もついているホテルだから、当然。従業員もツンとした支那系であったので最初から期待はしていなかったが、日本人客が大勢来ている大きなホテルなんだからそれ位は把握しておいておかしくないのになと思った。

現地の年寄りなら日本の統治時代を知ってるはずだと思い話しかけてみるも、見かけほど年配ではないのか日本語が全く通じない。現地での扱われ方はこういう状況だ。需要(尋ねる人)がないから供給体制にないのだろう。

諦めて、通りで観光客を待ち伏せしていたタクシーの運転手に英語で聞いてみたが、こういう状況では返事がどうしても生返事に聞こえ、本当に意味を理解して返答しているのかこちらで確信が持てない。勘違いして違う所へ連れていかれても困るし、もしかしたら歩いて行ける距離を遠回りされても困る。結局、前もって日本で調べてから出直した方がいいと判断した。

日本で調べたら、南洋神社の大体の場所と、そことは別な所に日本人墓地もあることが分かった。歩いて行くにはかなり遠いようだし、何かの目印があるわけでもないのでタクシーで行くのが無難と判断した。今回は、幸いにして、日本人の気持ちを察せる親切な運転手さんに出会った。
南洋神社入口 石灯籠南洋神社入口
道端に残っている灯籠。昭和十五年寄進とある。今(平成20年12月末)から69年前である。

運転手は私に、道から外れてうっそうとした草むらのような所へ入れ、と言う。そこでタクシーと別れ、従うままに本当かよと思いながら路外に分け入ってみる。

ジャングルと言えば大袈裟過ぎるが、「草むす」とは正にこういう状態を言うのではないだろうか。僅かに階段が残っている。昔の参道だろう。かなり道幅が広い。在りし日が偲ばれる。なんだか、とてもせつない。
南洋神社参道1南洋神社参道2


神社らしきものは全く見えないので、階段を昇って行く。すると民家と思しきものの裏に出た。

こんな陰気くさい所が神社の跡だと悲し過ぎる。
即座に納得できないため、足はそこで止まらず、構わずズンズン前に進んでいる自分に気付いた。どうなろうと、行けるところまで行ってみよう。
南洋神社参道3
そこから更に奥へ行くと、また階段があり、昇ると少し広々とした所に出た。ここも私有地らしく裏庭のようであるが、明るい感じがする。
南洋神社

見渡すと左手に急な階段があり、祠が見えた。
思考停止と同時に歩みを止めない自分でいて良かった。
俺は正しかったのだ。

南洋神社 祠
日本の右翼団体が建てたという心ない揶揄も耳にするが、そんなことする暇があったらここに来て拝んでみろと言いたい。まるで左が正しく右が誤りで、しかも神社は存在してはいけない邪悪なもののような扱いだ。

どのような団体が再建したのか知る由もないが、まず批判すべきは戦後において確信犯として神社を破壊した米国の方だろう。現地へ行って見れば分かるが、殆ど訪ねる人もなく民家の裏庭でひっそりとしているのが今の姿だ。この先いつまで存在するかも分からない。

右か左かというのは関係のないことだ。大事なのは愛国者か売国奴かという視点だ。支那・朝鮮人のような日本に寄生する非国民については言うまでもない。日本名を使って日本人に成り済まして有害電波を撒き散らしている反日の連中には騙されないよう日本人は注意しなければならない。

パラオ戦没者鎮魂の碑
タクシーで帰る途中、日本人墓地にも案内してもらった。

神社にしろ墓地にしろ、遠く離れた日本からお参りに来る人はいるのだろうか。もしかしたら忘れ去られる過程にあるのだかろうかと不安でいっぱいになった。異国の地で息絶え眠る方々のことを思うと日本人の一人として拝まずにはいられなかった。

※参考
南洋神社(Wikipedia)
Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Nanyo_Shrine.JPG にある南洋神社の画像。
Wikiによると、出典は、大月書店「写真図説 日本の侵略」である。当然著作権は既に切れている。Wikiはベースラインが左巻き系統なのでそのまんま否定せず掲載してるが、事実は「侵略」ではないので一般の読者は洗脳されないように。

南洋神社(南洋交流協会)
南洋交流協会 http://www.nanyou.org/shrine.html にある南洋神社の画像。
畏れ多い大きな空が印象的だ。Wikiの画像より荘厳に感じる。出典は不明だが当然著作権は既に切れている。

上記2点は、ありし日の南洋神社の画像。今とは比べものにならない位立派に見える。
もしも壊されずにそのまま残っていたら、日本人が多数訪れる一大観光スポットとなっていたことだろう。美しい海以外にパラオにはこれといった観光資源がないから尚更である。

南洋庁の組織がどうであったかがWikiにある。昔の日本人は頭が良かったとつくづく思う。

(Wikiには左翼による偏向編集が幅をきかせている部分があると思われるので、項目によっては注意して読まなければならない。)

日本人は先の大戦以降完全に退化していると感ずる。1%の頭脳が99%の愚民を支配していると表現される米国と見紛うばかりだ。進駐軍がそういう施策をとったのだから仕方ない。極論すれば、まともな人ほど潔く命を捧げ、カスが生き残ることとなったのではないか。情けないが自分も含め今の日本人の大部分はそのカスの子孫ということになる。反日マスメディアに支配され一億総白痴化して駄目になっているのが今の日本だ。日本人は、時事問題に疑問の眼を向け、隠された真実は何か自分で考えるべきだ。温故知新が事実上死語となっている現代社会を見る限り、日本の再生はない。小泉・竹中改革と自称し、「改革」という名を騙った「国の破壊」が悪だと社会科の教科書に載る日が早く来るように祈らずにいられない。

古代ローマでは、円形闘技場で奴隷を闘わせて市民に娯楽を与えた。競技ではなく殺し合いだから市民のアドレナリンは相当高いレベルまでいったのではないか。合成麻薬の比ではない。悪政から民の眼をそらすのに効果的なのは、娯楽と洗脳である。即効性があるのは娯楽で、洗脳でもって定着させる。単純な繰り返しを人間に適用すると思考が麻痺し、考えるのを止めるから、洗脳を受け入れやすくなる。

これを現在にあてはめてみると、娯楽とはそのままお笑いのことである。政治に問題があっても、考えるより笑っている方が気分が楽だからお笑い番組を見て時間を潰してしまう。お笑い系のバラエティー番組が多いだけでなく、近頃のお笑い芸人は、あらゆる系統の番組に出演しており、国民には年がら年中朝から晩まで一日中娯楽が提供されている。

新聞やニュース番組でも不自然に選別された同じニュースが繰り返し繰り返し報道されている。南京大虐殺や従軍慰安婦といった恥知らずな捏造工作のように「嘘も百回言えば真実になる」を頑なに実践しているようだ。ちょっと考えればおかしな現象だと分かるはずなのに、大方の日本人は気付いていない。テレビショッピングや地デジ広報の繰り返し攻撃に慣らされ、「繰り返し」自体に違和感を感じなくなってしまっているのだろう。

私は、こういう状況に辟易しており、記者の独りよがりの解釈が加味されている新聞記事を読まなくなって久しい。間違った主張をあたかも正しいものかのように読まされるのは甚だ苦痛だからである。新聞記事の殆どは、浅学の輩による駄作か工作員による洗脳記事かと思っている。




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posted by 日出づる国の末裔 at 23:05 | Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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