2006年04月19日

靖国に戦犯はいない

 小沢一郎を許さない。

 既にリンクが切れるほど古いニュースになってしまったが、この男の一言でここ10日近く議事録と格闘していた。思ったより時間がかかってしまった。おかげでもう1ヶ月位新聞を読んでいない。食事の時にTVのニュースを少し見るだけだ。
小沢新代表、靖国「A級戦犯分祀可能」
http://news.tbs.co.jp/20060409/headline/tbs_headline3263925.html
 民主党の小沢新代表は小泉総理大臣の靖国神社参拝問題に関連し、A級戦犯の分祀はすぐにでも可能だとして、小泉総理との違いを強調しました。
 「そもそも、あれ(A級戦犯)を祭るのが間違い。(分祀は)できます。簡単にできます。政権とったら、すぐやります」
 小沢氏は9日に出演したテレビ番組の中で、靖国神社参拝問題について、もともとA級戦犯を合祀したのが間違いだったという認識を示した上で、A級戦犯を分祀すれば、合祀する前のように、総理大臣や天皇の参拝も問題にならなくなるという考えを示しました。
 小泉総理が中国・韓国との外交関係で手詰まりとなる中、「自分なら解決できる」とアピールしたものとみられます。(09日11:21)
ニュース動画→http://news.tbs.co.jp/asx/news3263925_3.asx
(残念ながら、もうリンクが切れています。)

 永住外国人の地方参政権について
 http://www.ozawa-ichiro.jp/policy/05.htm
 小沢一郎ツンデレ説/西澤 【4/6(木)2:30】
 http://www.nikaidou.com/clm1/0604/060402.html

 私が小沢を許さないのは、在日に参政権を与えるという主権放棄とも言うべき売国政策を推進しているからだけではない。昭和殉難者のことを忌み嫌うかの如くに「あれ」と表現し、靖国神社に対して不遜にも「間違い」と公言したのが日本国の国民を代表する国会議員、それも政党の代表という立場になった者だったからである。この男が日本国の国会議員として失格であるということは、歴史を紐解けば自ずと見えてくる。

 冗談だが、小沢がなろうとしているのは総理大臣でも靖国神社の宮司でもなく、極めて特異な霊能力者か何かの間違いではないのか。思い違いでなければ、御霊は1本のろうそくの火のようなものであり合祀してひとつの火になったものを分けるというのは不可能なことであるという例えがなされているはずである。つまり、分けるというのは実は分身をつくるということにほかならない。靖国神社を全国に増やそうとしているのであろうか。ちなみに、諏訪神社は全国に1万余あるという。

 信州の神社「諏訪大社」
  http://www.dynax.co.jp/sinsen/culture/jinjya/j_suwa.html

 仮に小沢が望むように都合良く対象を特定して抽出できたとして、その別にされた御霊はどうするつもりなのだろうか。まさかではあるが、知らんぷりして捨てようとしているのではあるまいな。勿論、別に専用の慰霊施設を作りそこに入っていただくというとんでもない与太話を聞きたいわけでもないが。

 なにもこの男ばかりではない。甚だ残念なのは、戦後日本の国会議員に不適格者が多く、更に悪いことには過去を忘れたかのように政府自らさえも思考停止になっているということである。米国にNOと言えない日本である。東京裁判史観と表現されるが、これは正に呪縛そのものである。これほど悪意に満ちた仕掛けはない。誰もが皆おかしいと認識できるはずなのにそのおかしさをどこかに置き去りにし思考の外へと追いやっている。逆に、素直に真実を口にする者が批判の対象となるという恐るべき思想統制社会となっているのである。裸の王様なら子供に言われて気付いたからまだ救われるが、見て見ぬふりを決め込むのは、思考停止を通り越し、隷属である。

 ここで、我が国の国会議員が戦後どのような議論をしてきたか調べてみたので御紹介いたします。今回の小沢や「罪は罪として」とまるで罪人扱いした小泉の言葉がどれほど当時の国会議員や日本国民の意思を無視したものであるかが分かります。気になる部分に色を付けましたので、時間のない方はその部分だけでもどうぞ。

国会会議録検索システムで調べた結果(HTML版)

更新が遅れたお詫びにPDF版も用意しました。
国会会議録検索システムで調べた結果(PDF版)

 ちなみに、中曽根や細川の恥ずかしい過去も出てくる。個人が恥ずかしいだけで終わるのなら問題ないが総理大臣が日本を貶めているのだから始末に負えない。他にも売国奴としか言いようのない国会議員が登場する。思わぬ副産物であった。(なお、辻元と山本一太は薄っぺらにしか思えないので時間節約のために省いた。)

(参考)
国会会議録検索システム http://kokkai.ndl.go.jp/ で簡易検索した時のヒット件数

 「平和条約第十一条による刑の執行及び赦免等に関する法律」…24件
 「A級戦犯」……………224件
 「A級戦犯 赦免」………9件
 「A級 赦免」…………28件
 「戦犯 赦免」…………74件
 「戦争犯罪 赦免」……50件
 「戦犯 公務死」………48件
 「A級戦犯 公務死」……5件

>今までの平和条約というものは、戦争犯罪人はお互いに大赦しよう、こういうのが平和条約なんです。
>証人の多数が、みずからの生命を惜しんで、人を売り国家を売るの言辞を弄した
>本質が明かになりさえすれば、結局刑務所という名前は不適当じやないかと思う。例えば拘置所とか収容所とかいう名前になつて行かなくちやならんです。刑というものに対する本質が明かにならんから、漫然刑務所として受入れている。そうすると、そこを出所するということは、あたかも前科者が出所して来るというような感じを抱かしめる。
>これはもとより普通の国内犯罪とは性格の違うものでありますから、前科あるいはその他の裁判等の場合とは全然別のものであります。すなわち前科等の扱いにならない
>ここで考えていただきたいことは、朝鮮戦争の終結でございます。惨列をきわめた武力戦が停止となり、恒久の平和がこれによつてもたらされることは万人の願いでございますが、このたびの休戦は勝敗なき休戦であり、降伏なき終戦であり、従つて戦犯裁判を伴わざる終戦でございます。開戦以来、この戦争においては、双方ともに相手方の戦犯行為を指摘非難して参りましたが、このような休戦となつてみれば、その処罰などは、双方ともやろうとしてもできることではございません。(拍手)結局、戦犯裁判というものが常に降伏した者の上に加えられる災厄であるとするならば、連合国は法を引用したのでもなければ適用したのでもない、単にその権力を誇示したにすぎない、と喝破したパル博士の言はそのまま真理であり、今日巣鴨における拘禁継続の基礎はすでに崩壊していると考えざるを得ないのであります。(拍手)
>A級戦犯の何として拘置され判決を受けた人が仮釈放され、もしくは拘置されておりましても、日本の国内法におきましては一切法律的に何らの制約を受けておらない
>巣鴨に拘置されておる人々も選挙権を行使さしておるというふうに私は聞いておりまして、法律上公民権の何らの制限はない
>侵略につきましての国際法的な定義は法的概念としては確立いたしておりません

 今更私ごときが言うことではないが、戦犯は日本にはいないのである。極東国際軍事裁判は、魔女狩りリンチ事件とも言うべき冤罪事件であるが、その冤罪とて死をもって償っており、もはや尊い犠牲により解決済みのことなのである。しかも、赦免もなされているのである。元々国内法上の犯罪人ではないから公務死扱いされてもいる。支那・朝鮮風情にとやかく言われる筋合いは毛頭ない。靖国ばかりでなくこの日本に戦犯はいないのである。A級戦犯は永久戦犯ではないのである。

 返す刀ではあるが、犯罪者でない方を罪人扱いした小泉も許せない。発言を撤回し、御遺族にきちんと謝罪すべきである。また、自らの知識不足を恥じ、公約どおり靖国に公式参拝したうえで素直に国民に詫びるべきである。総理大臣としての最後の務めだ。

 戦後60年経って今なおA級戦犯呼ばわりされる方々は、「平和に対する罪」という極めて曖昧模糊とした冤罪に処せられたわけであるが、「国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、追放その他の非人道的行為」と定義される「人道に対する罪」に問われた日本人はいなかった。なぜならば、それは戦争とは無関係なユダヤ人迫害のかどでナチスを断罪するために「平和に対する罪」同様わざわざ事後において作った罪だからである。

 靖国問題を紐解こうとすればそれは必ず極東国際軍事裁判に突き当たる。この問題の解決を阻んでいる元凶である。説明しようにも簡単に一言では言い表せないことを縷々述べなければならなくなるからである。何重にも罠が張り巡らされ、絡んだまま60年間も放置されて固まってしまった縄を解くのは並大抵のことではできない。よほど勉強しないと反日思想教育を施された他人様に理解してもらえない。

 今回は、国会会議録を少し調べただけで終わります。自分の能力では無理なので、他のサイトや本を紹介することで終わります。学者の皆さんにしっかり頑張ってもらいたいです。他のサイトを見ると自ずと真実が見えてくるでしょう。そして、最後の仕上げは、遊就館にあるパール判事を紹介しているコーナーに足を運ぶのがいいと思います。

東京裁判について考える
 http://toron.pepper.jp/jp/epi/tokyo/index.html

靖国参拝問題をめぐる基本的事実
 http://www.seisaku-center.net/archives/yasukuni/a-kyu-senpan-kihonteki-jijitsu.htm

靖国神社諸問題の基礎知識
http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/sonota/yasukuni-iwata.html

靖国神社関係資料 所謂”A級戦犯”とは何だ
http://www.yasukuni.or.jp/siryou/siryou4.html#i2

昭和28年(1953年)戦犯赦免に関する決議 満場一致で議決 2005-06-01 11:22:42  No.167467
http://www.ch-sakura.jp/bbs_thread.php?ID=167467&GENRE=sougou

大東亜戦争 敵、味方リーダーの戦後の証言
http://www.senyu-ren.jp/1MOKU/1604.htm

「戦後補償」論は間違っている!―ドイツは「過去」を克服したか―日本政策研究センター
http://seisaku-center.net/syucyo/2005/japan-german1.htm

極東国際軍事裁判
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%B5%E6%9D%B1%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E8%A3%81%E5%88%A4
絞首刑(死刑)の執行は、12月23日(当時皇太子だった明仁親王の誕生日、現天皇誕生日)に行われた。
>なお、連合国の中には昭和天皇の退位・訴追に対して積極的な国もあり、昭和天皇自身も日本の一部関係者との会話の中で「私が退位し全責任を取ることで収めてもらえないものだろうか」と言ったと伝えられている。しかし、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ/SCAP) の最高指令官ダグラス・マッカーサーが、当時の日本の統治において天皇の存在を必要と考えたため、天皇の退位・訴追は行われなかった。
>この裁判では、原子爆弾の使用など連合国軍の行為は対象とされず、証人のすべてに偽証罪を問わなかった。また、罪刑法定主義・法の不遡及が保証されなかったことの指摘も多い。当時の国際条約(成文国際法)は、現在ほど発達しておらず、当時の国際軍事裁判においては、現在の国際裁判の常識と異なる点が多く見られた。
>判事(裁判官)については、中華民国から派遣された梅汝敖判事が自国において裁判官の職を持つ者ではなかったこと、ソビエト連邦のI・M・ザリヤノフ判事とフランスのアンリー・ベルナール判事が法廷の公用語(日本語と英語)を使用できなかったことなどから、この裁判の判事の人選が適格だったかどうかを疑問視する声が特に裁判の対象となった日本を中心として存在している。
>インドのヒンドゥー教法哲学の専門家ラダ・ビノード・パール判事は、判決に際して日本無罪論を発表し、「この裁判では、有罪とすることができない」と語ったことで知られている。ただし、この意見は“日本を裁くなら連合国も同等に裁かれるべし”あるいは“連合国を裁かないなら日本も裁かれるべきでない”というものであり裁判の公平性を訴えるものである。1952年の来日時にパール博士は以下のように表明した。『東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ』
>また、フランスのアンリー・ベルナール判事は裁判後「すべての判事が集まって協議したことは一度もない」と東京裁判の問題点を指摘した。
>また、当時の日本統治を担当し、裁判の事実上の主催者ともいえた連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは、後にハリー・S・トルーマンアメリカ合衆国大統領と会談した際に、「東京裁判は平和のため何ら役に立たなかった」と述べたといわれる。なお、ダグラス・マッカーサーは、1951年(昭和26年)5月3日に開かれたアメリカ合衆国連邦議会上院 (U.S. Senate) の軍事外交合同委員会において、(日本は、国外からの供給品の遮断によって1000万から1200万の人々が失業するのを恐れていたわけで)「戦争に向かっていく理由は、主として安全保障上からの要請であった。」(原文 "Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.")と日本の自衛的側面を認めている。
>日本国内においては、1952年12月9日に衆議院本会議で「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」が少数の労農党を除く多数会派によって可決された。さらに翌年、極東軍事裁判で戦犯として処刑された人々は「公務死」と認定された。
>今では極東国際軍事裁判が公正な裁判とする意見よりも魔女狩り同然であったとする意見が目立つのは戦争犯罪はどこの国でも犯しているものであり、勝者が敗者を裁くこと自体卑劣な復讐劇に過ぎないからと言われている。アメリカの原爆投下も、日独に対する無差別空爆も、ソ連のポーランド侵攻も、ベルリンにおけるレイプもすべて不問とされ不公正だとの意見が大勢である。そうした経緯から戦争犯罪を裁く枠組みがようやくでき上がりつつある(国際刑事裁判所参照)。
なお、アメリカ下院は現在も「極東国際軍事裁判の決定、及び“人道に対する罪”を犯した個人に対して言い渡された有罪判決は有効」との立場を取っている(2005年7月14日決議)。

戦争犯罪
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E4%BA%89%E7%8A%AF%E7%BD%AA

日本の戦争犯罪
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E7%8A%AF%E7%BD%AA

A級戦犯
http://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF
処刑された7人の遺体は横浜の久保山火葬場で火葬され、遺骨は米軍により東京湾に捨てられた。しかし、12月25日に小磯国昭の弁護人だった三文字正平が共同骨捨て場から遺灰(7人分が混ざった)を密かに回収し、近くの興禅寺に預けた。1949年5月に伊豆山中の興亜観音[1]に密かに葬られた。その後、1960年8月16日に愛知県幡豆郡幡豆町三ヶ根山の山頂付近に移された。三ヶ根山には「殉国七士廟」が設けられ、その中の殉国七士の墓に遺骨が分骨されて安置されて今に至る。
>A級戦犯として有罪判決を受け禁固七年とされた重光葵元外相は釈放後、鳩山内閣の副総理・外務大臣となり勲一等を授与された。1954年に外務大臣に就任した重光は、日ソ国交回復と国連加盟も成し遂げている。また、終身刑とされた賀屋興宣元蔵相は池田内閣の法務大臣を務めた。またA級戦犯元被指定者の岸信介は内閣総理大臣になった。これらにより「日本政府は公式に戦犯の名誉回復を表明してはいないが、以上の事実より実質上は名誉回復されている」とも言われ、また、「戦犯は国際法によって裁かれたもので、国内法上の犯罪者には該当しないため、名誉回復の必要性自体が存在しない(名誉が損なわれていないので、回復する必要がない)」という意見もある。
>前述の通り、日本政府はサンフランシスコ講和条約第11条で東京裁判の判決を受諾しているが、これについて「裁判自体と判決は分離して考えるべきで、日本政府が受諾したのは判決の結果(刑の執行)だけであるから、裁判全体、すなわち、法廷における事実認定や判決理由についてまで受諾した訳ではない」という意見もあり、また「赦免を以って名誉回復とするか否かは議論の別れるところだが、他方で、法治国家に於ては法の定める刑の執行が完了した時点で罪人から前科者へと立場が変わるので、刑の執行が既に済んだ者をその後も罪人扱いすること自体が法治国家にそぐわない野蛮な行為である」とする意見がある一方、「東京裁判(極東国際軍事裁判)の判決をくつがえす新たな国際法廷は開かれていない。国際社会において「A級戦犯」は今も戦争犯罪人として認識されている。また、日本政府も同様の立場を取っている。故に、戦争犯罪者であるか否かだけを問題とするのなら、彼らの名誉回復は為されていないことになる。」とする意見もある。

BC級戦犯
http://ja.wikipedia.org/wiki/BC%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF
>A級戦犯約200名が、巣鴨拘置所に逮捕監禁されたのと同時にBC級戦犯約5,600人が各地で逮捕投獄された。横浜、上海、シンガポール、ラバウル、マニラ、マヌス等々南方各地の50数カ所の牢獄に抑留され、約1,000名が処刑された。
>国内で戦後逮捕された者は家族に「ちょっと出掛けて来る」と言い残して、まさか自分が戦犯で裁かれようとは夢にも思わなかった者が多い。死刑判決を受けた戦犯の多くは遺書・遺髪等を遺すことが許されず、遺骨も秘密裏に焼却・埋葬された。戦犯達は隠し持った鉛筆あるいは自分の血で紙切れやトイレットペーパーに密かに遺書を書き、教誨師などに託して遺族に届けてもらったが、それも一部の者だけであった。
>戦犯として処刑又は獄死した者は公式には法務死と呼ばれ、靖国神社では受難死と呼ばれる。

ラダ・ビノード・パール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB
>「ハル・ノートのようなものをつきつけられれば、モナコ公国やルクセンブルク大公国でさえ戦争に訴えただろう。」や「戦争に勝ち負けは腕力の強弱であり、正義とは関係ない。」などである。

平和条約第十一条による刑の執行及び赦免等に関する法律(昭和27年法律第103号)
http://www.geocities.jp/nakanolib/hou/hs27-103.htm


最後に、米国の戦争犯罪について紹介して終わります。

アメリカの戦争犯罪
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E7%8A%AF%E7%BD%AA

よみがえる記憶/−第1部− 青森空襲 焼け跡から
http://www.toonippo.co.jp/l-rensai/yomigaeru/20050727.html
(3)実験台となった街(上)/新型焼夷弾格好の標的
 <この研究の目的は主に、M74焼夷(しょうい)弾の効果を検証し、七月二十八−二十九日の青森攻撃における砲火の被害を調べることである>
 青森空襲から三カ月半たった一九四五(昭和二十)年十一月四−十一日、米国の戦略爆撃調査団は青森市を訪れ、各地を巡回して詳細に検分し、市民からの聞き取りも加えて報告書にまとめた。
 横浜市立大学名誉教授(近代政治史)の今井清一さんは「青森空襲で米軍は、新たに開発した焼夷弾M74を初めて使用して、すさまじい破壊力を見せつけた」と解説する。「それまでのM69に比べて燃焼力が強く、殺傷力も強い。
毒ガスを発し、国際法上も問題のあるような凶悪な爆弾を実験的に使った点で、青森空襲は戦争末期の重要な空襲の一つだったといえます」
 調査団によると、青森空襲の標的地に投下されたM74は、一平方マイル(約二・六平方キロ)当たり平均二百七十二トン。報告書には<攻撃が成功したかどうかは、爆発の正確さ、標的地への集中的な爆撃、火災被害の程度などで評価される><日本人の説明によると、M74は最初に起こした炎を大火に広げることに成功していた>など、自画自賛の言葉が並ぶ。
 調査対象は、当時の青森市周辺の建物の構造にも及んだ。<木造の建物は、焼夷弾での攻撃や砲火による被害を受けやすく、それらの建物が密集している。
すべての標的範囲で、大規模な焼夷弾攻撃は効果的だった>とする一方で、懸命の消火活動を行った市民に対しては手厳しい。
 <日本の公式文書は、市民の自衛組織について勇ましく優秀だと言及しているが、アメリカやヨーロッパのように計画化されたものはほとんどない。手動のポンプや、手押しのホース車などでは、焼夷弾攻撃に対抗するすべもなかった>
 力の差は歴然としていた。<青森市への焼夷弾攻撃は一時間十一分続いた。さまざまな防衛組織が消火を試みたが、攻撃が激しくなり炎が広がるにつれ、消火への努力は放棄された。最初の二十分が過ぎると、すべての防衛組織は市街地から撤退した。一方、火災は大火へと発展し、四時間ですべての地域が激しく焼き払われ、三日間にわたりくすぶっていた>
 「この報告書の序文には、けしからん言葉が書いてありますね」と憤るのは、東京大空襲・戦災資料センター館長で、作家の早乙女勝元さん。
 序文の一節には<すべての人に重要な主題の一つは、市民に対する火災の影響だ。空襲による火災は、ほかのどんな原因より、ほかのどんな武器よりも多くの人を殺したからである>とある。
 「攻撃目標が軍隊から一般市民に移行したけれど、多くの犠牲者が出たのは専ら武器よりも火災のせいだと言わんばかり。火災を発生させたのは武器じゃありませんか。焼夷弾攻撃に、青森の家屋は格好の標的だったという。すり替えのような説明を施すことで、逆に無差別攻撃の本質が見えてくる気がする」
 ◇
 「青森空襲を記録する会」がこのほど入手した、米国戦略爆撃調査団の報告書「対日焼夷弾攻撃の効果−八都市のレポート」によると、新型焼夷弾M74を初めて使ったケースとして、米国が青森空襲を興味深く分析し、爆撃の成果に満足していることが分かる。報告書の記述から浮かび上がるのは、M74の威力確認の実験台となった街・アオモリの姿だ。

 元社会党国会議員が会長を務めるサイトですが
   ↓
 青森大空襲を記録する会
  http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/index.html
  http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/kuushu.html

 米国が日本の家屋が木と紙でできていることを知っていて焼夷弾を使ったのは明白な事実である。知っていてというより最初から住宅地を狙った攻撃をしていたのである。軍事施設に対する爆撃ではなく市街地に対する焼夷弾である。しかも終戦の直前においてわざわざ新型焼夷弾を愉快犯的に試しているのである。

 東京大空襲だけでなく日本全国の住宅地を空襲し、原子爆弾を二発も炸裂させ、非戦闘員を大虐殺したばかりか被爆者を生み苦しませ続けていることこそ凶悪至極な「人類に対する罪」である。ここで罪の軽重を論じても始まらないが、平和に対する罪より悪質で重い。先の大戦における最大の戦犯は米国である。差詰めウルトラA級戦犯と言うべきであろう。

 私に言わせれば、東京裁判の存在そのものが日本に対する虐めである。つまり、人道に対する罪であり、即ち、戦争犯罪である。日本が戦犯なのではなく東京裁判自らが戦犯である。これが紛れもない真実である。

 ベトナム戦争でも、戦争の大義名分であった大量破壊兵器が発見されなかったイラク戦争でも米国は戦争犯罪で裁かれていない。捕虜虐待についてもだ。恐らく今後もないだろう。つまるところ東京裁判とは敗者を勝者が寄ってたかって断罪したリンチだったということである。

 裁かれていないという点では支那も同じである。支那は、尼港事件、南京事件、済南事件、通州事件で日本市民を虐殺している。チベット問題は現在進行形である。

支那人が絡んだ日本人虐殺事件
 http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/doyoyon/doyoyo11.html
「南京裁判」の判決文と、南京事件、通州事件、済南事件の類似性
 http://toron.pepper.jp/jp/epi/nankin/ruiji.html
Cafe de Sakurai 第2回 チベット問題を知っていますか?
 http://www.cafeglobe.com/news/sakurai/sy00321.html


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『パール博士のことば』(東京裁判後、来日されたときの挿話) 田中正明著
http://www6.plala.or.jp/mwmw/kotoba.html
【引用開始】
1952年11月6日、博士は広島高裁における歓迎レセプションに臨まれて、「子孫のため歴史を明確にせよ」と次のように述べられた。
 「1950年のイギリスの国際情報調査局の発表によると、『東京裁判の判決は結論だけで理由も証拠もない』と書いてある。ニュルンベルクにおいては、裁判が終わって三か月目に裁判の全貌を明らかにし、判決理由とその内容を発表した。しかるに東京裁判は、判決が終わって4年になるのにその発表がない。他の判事は全部有罪と判定し、わたくし一人が無罪と判定した。わたくしはその無罪の理由と証拠を微細に説明した。しかるに他の判事らは、有罪の理由も証拠も何ら明確にしていない。おそらく明確にできないのではないか。だから東京裁判の判決の全貌はいまだに発表されていない。これでは感情によって裁いたといわれても何ら抗弁できまい。」
 このように述べた後、博士はいちだんと語気を強めて、
 「要するに彼等(欧米)は、日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって自らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の過去18年間のすべてを罪悪であると烙印し罪の意識を日本人の心に植えつけることが目的であったに違いがない。東京裁判の全貌が明らかにされぬ以上、後世の史家はいずれが真なりや迷うであろう。歴史を明確にする時が来た。そのためには東京裁判の全貌が明らかにされなくてはならぬ。・・・これが諸君の子孫に負うところの義務である。

 「わたしは1928年から45年までの18年間(東京裁判の審議期間)の歴史を2年8カ月かかって調べた。各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それをわたくしは判決文の中に綴った。このわたくしの歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。そして自分らの子弟に『日本は国際犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている。満州事変から大東亜戦争勃発にいたる事実の歴史を、どうかわたくしの判決文を通して充分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・頽廃に流されてゆくのを、わたくしは見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の偽瞞を払拭せよ。誤れた歴史は書きかえられねばならない。」

 博士は、慈愛と情熱を込めて切々と訴えられるのである。
 パール博士は東京弁護士会においても多数の法律家を前にして講演された。いうまでもなく、博士は極東国際軍事裁判を根本的に否定している。それは戦勝国が復讐の欲望を満足させるために国際法を無視し、司法と立法を混合してマッカーサーが法を制定し、法の不遡及まで犯した一方的な軍事裁判だったからである。ここでも博士は次のように述べている
 「日本人はこの裁判の正体を正しく批判し、彼らの戦時謀略にごまかされてはならぬ。日本が過去の戦争において国際法上の罪を犯したという錯覚におちいることは、民族自尊の精神を失うものである。自尊心と自国の名誉と誇りを失った民族は、強大国に迎合する卑屈なる植民地民族に転落する。日本よ!日本人は連合国から与えられた《戦犯》の観念を頭から一掃せよ。・・・」と、博士は繰り返し強調された。
【引用終了】



 佐藤和男監修『世界がさばく東京裁判』(明成社)より転載
     ↓
 日本は東京裁判史観により拘束されない
 http://www.nipponkaigi.org/reidai01/Opinion3(J)/history/sato.htm

>戦後すでに五十年を経て、学界の研究成果は、東京裁判の判決理由中に示された史実とは異なる多くの真実(例えば、日本側共同謀議説の虚構性、判事・検事の立場にあったソ連こそ中立条約を侵犯した文字通りの侵略国であった事実など)を明らかにしています。戦前、戦中、日本国家の対外行動の中には政治的に賢明でないものがあったかも知れません。しかし、それをただちに実定国際法上の犯罪と誣しいることは許されません。近年わが国ではいわゆる“冤罪”事件について再審が行われ、あらためて無罪の判決が下される事例も少なくありませんが、上訴・再審の機会も与えられなかった復讐劇兼似エ而非セ裁判である東京裁判について、日本国民みずからの手で主体的再審を行って、日本民族にとり歴史の真実とは何であったのかを、先人ならびに児孫のために、明らかにしようではありませんか。


 
左の本の内容について言及があるページである。非常に残念ながら最後の数行に同意はできないが、表が見やすい。
     ↓
「過去を反省したドイツ」という神話の虚妄
http://www.21ccs.jp/china_watching/DirectorsWatching_YABUKI/Directors_watching_03.html


このサイトの意見には同意できないが、ABCトリックについての説明がある。
     ↓
木佐芳男『〈戦争責任〉とは何か』
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/sensou-sekinin.html
【引用開始】
 だからこそ、少なくないドイツ人が「国防軍が戦争犯罪の責任がある」というと、「父祖の名誉が汚された」と拒否反応を示すという。
 興味深いのは、アメリカ映画で、「悪いナチス、善い国防軍」という描き方が冷戦期には数多くつくられたという話である。これは、たしかに個人的には実感するところが少なくない。映画「眼下の敵」や「Uボート」でも、「悪いナチス、善い国防軍」という臭いがたしかにしている。
 第2章「忘れられた『戦争』の罪責=ABCトリック」は、ドイツでの戦争犯罪追及は、Cにあたる「人道に対する罪」すなわちユダヤ人にたいするホロコーストが中心で、AとB、つまり侵略戦争という問題と、戦場での残虐行為はほとんど問題にされていない、ということを指摘する。
 その例証として、ブラント首相のワルシャワゲットーの前での「ひざまずき」を解読する。この「ひざまずき」は、真摯な謝罪として世界中に反響を引き起こした。しかし筆者は。ブラントの「ひざまずき」は、ユダヤ人殺戮に対してであって、ポーランド侵攻に対してではない、というのである。
【引用終了】


posted by 日出づる国の末裔 at 23:45 | Comment(6) | TrackBack(12) | 内政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
【靖国に戦犯はいない】
彼らは一部の戦勝国の鬱憤を晴らす為の犠牲者ではないでしょうか。
子孫の我々までが彼らを貶めてしまうとは...
Posted by うつせみ at 2006年04月20日 18:25
TB有難うございました。
今、東京裁判を再審したら、どのような
ことになるでしょうね。冒頭から「この
裁判は無効」で終わることでしょう。
諸悪の根源「東京裁判」が裁判の形をと
った、いかに茶番でリンチであったかを
どんどん訴えましょう。
Posted by 小楠 at 2006年04月20日 22:12
うつせみ 様
小楠 様

 コメントありがとうございました。

 ここにコメントしようとしましたが、長くなったので「その2」を書くことにします。
Posted by 日出づる国の末裔 at 2006年04月20日 23:59
私もパール博士の判決文には涙しました。
そして、知人から譲り受けた「東京裁判」の実録ビデオにあったのですが、それを聞いた東條英機が詠んだという、「100年後の世の中かと思った」みたいな歌(ちゃんと思い出せなくてすみません・・)にも泣けました。どんな思いで絞首刑台に立ったのでしょう・・・
Posted by 小雪 at 2006年04月21日 09:57
小雪 様

 百年の後の世かとぞ思いしに 今このふみを眼のあたりに見る

軍事裁判/パール判事
http://www.asahi-net.or.jp/~UN3K-MN/0815-pal.htm

ラダ・ビノード・パール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB


Posted by 日出づる国の末裔 at 2006年04月21日 19:01
日出づる国の末裔さま

ありがとうございます・・・!!
やっぱり胸が締め付けられる想いです・・・。

それにしても、「今は無理でも(憎まれても)100年後に評価してもらえればいい」と言っていたのに、このままいったら100年後も危ういですね。なんだかほんとに切なくなります。
Posted by 小雪 at 2006年04月22日 00:03
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